<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>

<rdf:RDF
  xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
  xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
  xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
  xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
  xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
>

<channel rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/">
<title>ゴルフを斬る！</title>
<link>http://tekkan.sblo.jp/</link>
<description>一刀両断！歴史の目、科学の目。歴史的検証ゴルフの科学的探求ゴルフサイエンスの世界に迫る</description>
<dc:language>ja</dc:language>
<admin:generatorAgent rdf:resource="http://blog.sakura.ne.jp/" />
<items>
<rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="http://tekkan.sblo.jp/article/55845754.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tekkan.sblo.jp/article/55538431.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tekkan.sblo.jp/article/55262507.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tekkan.sblo.jp/article/54651400.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tekkan.sblo.jp/article/54262304.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tekkan.sblo.jp/article/53485462.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tekkan.sblo.jp/article/53297894.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tekkan.sblo.jp/article/53038918.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tekkan.sblo.jp/article/52477162.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tekkan.sblo.jp/article/51871681.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tekkan.sblo.jp/article/50777955.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tekkan.sblo.jp/article/50722739.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tekkan.sblo.jp/article/49719068.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tekkan.sblo.jp/article/48337250.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tekkan.sblo.jp/article/48192569.html" />
</rdf:Seq>
</items>
</channel>

<item rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/article/55845754.html">
<link>http://tekkan.sblo.jp/article/55845754.html</link>
<title>「マネジメントゴルフ」&lt;br /&gt;</title>
<description>2012.05.14ベテラン谷口徹が「日本プロゴルフ選手権」でまた優勝した。距離があって難度の高い烏山城C.C.は日本の巨匠井上誠一の設計によるが、このコースは井上誠一最後の遺作とも言われている。コースを創設したのは長い間JGA の発展や改革に貢献された田村三作氏だが、日本一のコースづくりを目指していた田村さんが井上誠一を見込んで設計依頼したと聞く。田村さんは毎日散歩をかねてコースを回り、井上誠一の設計思想を大切にしながらも改造に改造を重ね今日の姿にされた。特に上がり三ホール..</description>
<dc:subject>新世紀のゴルフ</dc:subject>
<dc:creator>tekkan</dc:creator>
<dc:date>2012-05-14T15:02:41+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2012.05.14<br />ベテラン谷口徹が「日本プロゴルフ選手権」でまた優勝した。距離があって難度の高い烏山城C.C.は日本の巨匠井上誠一の設計によるが、このコースは井上誠一最後の遺作とも言われている。コースを創設したのは長い間JGA の発展や改革に貢献された田村三作氏だが、日本一のコースづくりを目指していた田村さんが井上誠一を見込んで設計依頼したと聞く。田村さんは毎日散歩をかねてコースを回り、井上誠一の設計思想を大切にしながらも改造に改造を重ね今日の姿にされた。特に上がり三ホール16,17,18番でドラマが演出されるよう、その舞台装置づくりに田村さんの渾身の知恵と情熱が込められている。そんな田村さんはゴルファーや指導者の養成にも深い理解と情熱をもっておられたから、この烏山城C.C.からどれだけ多くの人材やトッププレーヤーが育ったか数え切れない。だから日本のゴルフメッカといっても差し支えない。<br /><br />アメリカ型科学技術ゴルフがパワーゴルフからマネジメントゴルフに姿を変えていた裏舞台では、USGAがハンディキャップシステムの大改革を行っていた。つまりストロークプレーはプレーヤーとコースのホールマッチという思想に基づいて、プレーヤー側の技量偏差値をハンディキャップインデックスと言う概念で、コース側の難度偏差値をコースレートとスロープレートという概念で捉えるようになってきた。この概念から『孫子の兵法』が説く「敵を知り己を知れば百戦これ危うからず哉」という現代マネジメントゴルフの思想が生まれてきた。マネジメントゴルフをするには、コース側もUSGAハンディキャップシステムによるUSGAコースレート･スロープレートを導入しなければならないが、田村さんはJGAより10年以上も早くUSGAシステムを導入している。<br /><br />優勝した谷口徹は米国PGAツアーを戦ってきている歴戦の古参プロだ。本人も言うようにショットは逆球ばかり出て調子は最悪だったようだ。自分の調子と対戦相手となるコースのコンディションを、どこまで知っていたかがマネジメントゴルフの勝負の決め手となる。新聞によると谷口は、早朝コース委員がボールを転がしてグリーンスピードを計っているところを偵察し、敵情を知ったうえで作戦を立てたという。コース情報を収集して自分の最適パフォーマンスを適応させることをコースマネジメントというが、『孫子の兵法』を実践して勝った古参谷口徹と、バンザイ突撃を繰り返して玉砕した若武者石川遼の烏山城攻防戦を、天国にいる田村さんはどんな思いで観戦されたか是非とも聞いてみたい。最新長尺クラブをマン振りして、玉砕に玉砕を重ねる我ら凡人ゴルファーや若武者プロは、もっとマネジメントゴルフを勉強するか、谷口プロの爪の垢でも煎じて飲む方がきっと「早い安いうまい」にきまっている。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/article/55538431.html">
<link>http://tekkan.sblo.jp/article/55538431.html</link>
<title>「祈って優勝したババ･ワトソン」</title>
<description>2012.04.27PGA ツアーのメジャートーナメントに優勝することは並大抵なことではない。メジャートーナメントとは全英オープン･全米オープン･全米プロそれにマスターズの四試合をさすが、中でもマスターズは特別な目で見られている。マスターズ創設者ボビージョーンズは史上最強のアマチュアゴルファーで、28歳のとき当時四大試合だった全英アマ･全米アマ･全英オープン･全米オープンに優勝して年間グランドスラマーを達成するや、間もなく引退してしまった。引退して弁護士業を営むかたわら、コー..</description>
<dc:subject>新世紀のゴルフ</dc:subject>
<dc:creator>tekkan</dc:creator>
<dc:date>2012-04-27T16:10:58+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2012.04.27<br />PGA ツアーのメジャートーナメントに優勝することは並大抵なことではない。メジャートーナメントとは全英オープン･全米オープン･全米プロそれにマスターズの四試合をさすが、中でもマスターズは特別な目で見られている。マスターズ創設者ボビージョーンズは史上最強のアマチュアゴルファーで、28歳のとき当時四大試合だった全英アマ･全米アマ･全英オープン･全米オープンに優勝して年間グランドスラマーを達成するや、間もなく引退してしまった。引退して弁護士業を営むかたわら、コース設計家アリスター･マッケンジーとともにオーガスタナショナルを建設し、1934年世界のゴルフマスター達を招いてトーナメントを開催した。この試合が第一回マスターズとなり、その後毎年同じオーガスタナショナルで開催されている。<br /><br />四大メジャートーナメントの中でも何故マスターズだけが特別なのかというと、ボビージョーンズは敬虔なクリスチャンとして知られ、キリスト教文化であるゴルフの良き伝道者として尊敬されていたからだ。そのために彼は「球聖」とか「ゴルフ伝道師」といわれるようになったようだが、彼の思想や哲学がマスターズの伝統となり、ますます商業化していく現代ゴルフに警鐘を鳴らし歯止めをかける役割を担っているからでもあるようだ。世界のハスラー達が莫大な懸賞金を目当てに血眼になっている賭博場の舞台裏では、神聖なるゴルフの伝統思想など忘れられてもおかしくない。そのような時代にあってマスターズとライダーカップだけが神聖なる伝統思想を守ろうとしている。<br /><br />マスターズ最終日の朝、ババ･ワトソンはツイッターで聖書の言葉を呟いていた。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。全てのことに感謝しなさい。」<br />最終日の大逆転劇は、神が彼の祈りに応えたものと多くの人が受け止めたが、最も驚き感動したのは本人自身だったことは間違いない。それでなければ優勝経験もありベテランの域に達したワトソンが、人前であんなに大泣きするはずがないし、ギャラリー全員がいつまでもスタンディングオベーションで祝福するはずがない。トップに追いついた連続バーディーも神がかりだが、勝負を決めたプレーオフ２ホール目の林の中から打ったセカンドショットは、まさに奇跡としか表現のしようがない。観ている者全てが第一打ティーショットで勝負は決まったと思ったはずだが、本人だけは祈りが聞かれることを信じて疑わなかったに違いない。マスターズ創設者の球聖ボビージョーンズが、試合の前の晩は早く寝室に入り聖書を読んで祈っていたことを、ワトソンはもとよりマスターズファンの多くが知っていたからである。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/article/55262507.html">
<link>http://tekkan.sblo.jp/article/55262507.html</link>
<title>「2012マスターズ」</title>
<description>2012.04.132012マスターズは、欧米とアジア日本の格差を再認識せざるを得ない結果に終った。トップテンは英国人４人、米国人３人、スウェーデン･南ア･豪州人各一人である。アジア人最高はベ･サンムン37位、日本人最高は松山英樹54位、期待の石川遼は予選落ち。戦前の予想ではマキロイ(英)とウッズ(米)の一騎打ちと予想されたようだが、結果は二人とも40位だった。優勝争いはババ･ワトソン(米)とルイ･ウェストヘイゼン(南ア)のプレーオフでワトソンが勝った。それにしてもベ･サンム..</description>
<dc:subject>新世紀のゴルフ</dc:subject>
<dc:creator>tekkan</dc:creator>
<dc:date>2012-04-13T16:55:08+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2012.04.13<br />2012マスターズは、欧米とアジア日本の格差を再認識せざるを得ない結果に終った。トップテンは英国人４人、米国人３人、スウェーデン･南ア･豪州人各一人である。アジア人最高はベ･サンムン37位、日本人最高は松山英樹54位、期待の石川遼は予選落ち。戦前の予想ではマキロイ(英)とウッズ(米)の一騎打ちと予想されたようだが、結果は二人とも40位だった。優勝争いはババ･ワトソン(米)とルイ･ウェストヘイゼン(南ア)のプレーオフでワトソンが勝った。それにしてもベ･サンムンと石川遼は昨年度日本ツアーで賞金王を争ったほどの実力者のはずだが、これでは日本ツアーが完全に世界のローカルツアーであることを証明したようなものだ。残念無念というより当然の結果なのかもしれないが、何か根本的な問題があるように思えてならない。<br /><br />日本にしろ韓国にしろ、子供をプロにしようと思ったら親がスポンサーになりコーチとなって育て上げなければならない。親は仕事をやめて付きっきりで指導し、そのうえ何千万円かかるかわからない。それでもモノになれば良いが、大方は結果が出せずに終わる。これでは余りにも効率が悪いし親にとっても子にとっても犠牲が多すぎる。肉体的にも精神的にも技術的にも完成しないままスター扱いされ、マスコミやメーカーの商材として扱われるから見ていてハラハラする。戦争中、特別年少兵や予科練生がロクに訓練されないまま万歳三唱で戦場に送り出されていった姿にそっくりで、さくらの花に例えて「パッと散れ」とは余りにも残酷で哀しい。「一将功なり万骨枯る」の諺のように一人のスター誕生の影に、何千人ものニートが育っていることも忘れてはならない。<br /><br />欧州や豪州は市民スポーツが盛んだから民間スポーツクラブからいろいろな種目のトップアスリートが育っている。通常の教育環境と社会環境の中で社会人として成長しながらプロに転向できそうなものだけがツアーに参戦する。もしプロとして通用しなければ一般社会人に戻ればよい。米国の場合、ゴルフはカレッジスポーツのひとつで、大学のゴルフクラブに所属して勉強の傍らスポーツとして取り組む。将来ゴルフを職業にしたい者は経営学科に在籍し、必要な科目を選択して卒業後に備える。中でも技術的に優れてトップアスリートに育った者は、卒業後にアマチュアを放棄してツアーに参戦する。タイガー・ウッズのように名門スタンフォード大学を中退してプロ転向するものは珍しく、現在米国ツアーランキング1位のハンター・メイハンはオクラホマ州立大学、2位のババ・ワトソンはフォークナーカレッジ、3位のフィル・ミケルソンはアリゾナ州立大学を卒業してからプロに転向している。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/article/54651400.html">
<link>http://tekkan.sblo.jp/article/54651400.html</link>
<title>「タイガーウッズの復活」</title>
<description>2012.03.27もう駄目かと思っていたタイガーウッズが復活優勝した。2010年、相撲界の帝王朝青龍とゴルフ界の帝王タイガーウッズが、ともに帝王の品格を問われて失脚したことはまだ記憶に新しい。朝青龍は日本の伝統文化を破ったモンゴル人として、タイガーウッズは白人プロテスタント文化を破ったアジアアフリカ人として、ともに歴史を変えた風雲児でもあった。歴史を変えられた側から相当の反感があったことも事実だ。記録や伝統は守るものでもあり破るものでもあるとすれば、二人の偉業は歴史的な出来..</description>
<dc:subject>新世紀のゴルフ</dc:subject>
<dc:creator>tekkan</dc:creator>
<dc:date>2012-03-27T14:44:38+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2012.03.27<br />もう駄目かと思っていたタイガーウッズが復活優勝した。2010年、相撲界の帝王朝青龍とゴルフ界の帝王タイガーウッズが、ともに帝王の品格を問われて失脚したことはまだ記憶に新しい。朝青龍は日本の伝統文化を破ったモンゴル人として、タイガーウッズは白人プロテスタント文化を破ったアジアアフリカ人として、ともに歴史を変えた風雲児でもあった。歴史を変えられた側から相当の反感があったことも事実だ。記録や伝統は守るものでもあり破るものでもあるとすれば、二人の偉業は歴史的な出来事として評価されても良いはずだが、二人とも品格を問われて失脚したのは実にまずかった。<br /><br />そもそも歴史を変えるような大人物に品格を備えた人など聞いたことがない。ジンギスカン･ナポレオン･平清盛･織田信長みんな品格を問われている。なまじ品格など備わっていると、歴史を変える風雲児にはなれないのかもしれない。しかし勘違いしてはいけない。風雲児になれないからといって必ずしも品格を備えている訳ではない。私たちは風雲児になる気もなければ、なれるはずもないことも解っているから、せめて風雲児に負けない品格でも備えようではないか。品格あるゴルファーなら心がけ次第で誰でもなれる。<br /><br />タイガーウッズが復活してもしなくてもゴルフの歴史は変わっていくだろう。英国に発祥し、米国はじめWASPホワイト･アングロサクソン･プロテスタントの文化として発達したゴルフが、21世紀にはAAAアジア･アラブ･アフリカに渡って大発展することは目に見えている。ゴルフの世界にもグローバル化の波が押し寄せてきたといえるだろう。21世紀ワールドゴルファーの共通語が世界統一のエチケットルールだとすれば、品格を備えるのは難しいことではない。エチケットルールは「知っているか知らないか。実行しているかしてないか」の違いだけで、人種国籍どころかシニアゴルファーでもジュニアゴルファーの前に土下座しなければならない世界でもあるのだ。<br /><br />タイガーウッズの復活は品格の復活であって欲しい。世界の青少年の、とりわけアジアアフリカの青少年の夢を壊した失望の存在に終らず、挫折から復活した希望の存在になるならば、ゴルフの生きた教材として高く評価されるに違いない。そもそもキリスト教は贖罪と復活の奇蹟を信じる信仰として存在するのだから、タイガーウッズが前非を贖罪し品格ともども復活するならば、青少年どころか世界の大人が揃って彼を尊敬し、ゴルフの持つ素晴らしいパフォーマンスを信頼することになるのは間違いない。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/article/54262304.html">
<link>http://tekkan.sblo.jp/article/54262304.html</link>
<title>「国際ゴルファー」</title>
<description>2012.03.02サッカーの国際試合を観ていると日本人選手は男女とも国際選手の風格を備えてきたように思える。武士道ゴルフに憧れる私の目には最近まで「サッカーなんてクソスポーツ」に見えた。だって反則を取るためなら恥も外聞も無く何でも演技する姿は、サムライどころかスポーツマンシップのカケラもないではないか。柔道の国際試合で散々泣かされた日本選手にとって、またもやサッカーで泣かされると思っていたがオッとどっこい、チームワークというお家芸で本領を発揮するだけでなくサムライの風格を見..</description>
<dc:subject>新世紀のゴルフ</dc:subject>
<dc:creator>tekkan</dc:creator>
<dc:date>2012-03-02T15:51:02+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2012.03.02<br />サッカーの国際試合を観ていると日本人選手は男女とも国際選手の風格を備えてきたように思える。武士道ゴルフに憧れる私の目には最近まで「サッカーなんてクソスポーツ」に見えた。だって反則を取るためなら恥も外聞も無く何でも演技する姿は、サムライどころかスポーツマンシップのカケラもないではないか。柔道の国際試合で散々泣かされた日本選手にとって、またもやサッカーで泣かされると思っていたがオッとどっこい、チームワークというお家芸で本領を発揮するだけでなくサムライの風格を見せているではないか。相手の卑怯なプレーに対して平然とした態度で臨む姿は立派だし風格を感じる。サムライなら相手が卑劣な行動に出た瞬間、苦しい立場に追い込まれている相手の心情を読み取って惻隠の情を抱くことができる。だから益々冷静に相手を観察して冷静に対応することができるので、既にその時点で勝負あったということだ。<br /><br />私たち日本人の多くは英語に対する言語障害を持っていて、英語を聞いた途端にヤバイという気分になる性癖がある。世界には何百カ国語もあるのになぜ英語だけヤバイと感じるのか不思議に思って考えてみると、英語だけが義務教育になっているからのようだ。他の言葉に出会っても全く動揺しないのに不思議と英語に出会うと緊張する人が多い。バリバリの国際選手として知られる伊達公子さんも以前は悩んだと聞くが、日本人が国際選手として活躍するには最初にこの障害を克服しなければならないようだ。私たちが国際ゴルファーとして世界中の人と交流しようと思ったら、何ヶ国語マスターすれば障害を克服できるか。「無理、無理！無駄な努力はやめた方がいい」。実は私たち日本人の多くは英語に対して言語障害者ではなく精神障害者なのだ。英語が上達しないトラウマにとりつかれた精神障害者と思った方が良い。<br /><br />国際ゴルファーになるには英語を勉強するよりエチケットルールを勉強するに限る。エチケットルールは国際統一規則だから世界中どこに行っても通じる。世界中のゴルファーがそれぞれ自国語でルールブックを読んでいるが、内容は全く同じだから、どれだけ勉強しているか一緒にプレーすればすぐ分かる。<br />特に国際的に礼儀正しいと評価されている日本人は、エチケットを大切にしないと格下げされる危険があるから気をつけないと。言葉が通じなくても心はすぐ通じ合うもので、プレーヤーとして二流･三流でもゴルファーとして一流なら18ホール終わったとき「またゴルフをしましょう」といって握手を求められ連絡先を教えてくれないかと請われるはずだ。そのとき連絡先は英語で書く必要はない。ローマ字と数字で結構。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/article/53485462.html">
<link>http://tekkan.sblo.jp/article/53485462.html</link>
<title>「ゴルフのグローバルスタンダード」</title>
<description>2012.02.071998年、日本を除く世界各国は共通ハンディキャップ制度に踏み切った。そう「日本を除く」だから欧米豪州はもちろんのこと、韓国･台湾･中国･インド･フィリピン･マレーシアなど、アジア諸国も含む世界のゴルフ国が一体となって踏み切ったという意味だ。ひとことでいえばゴルフがグローバル化したため、世界のゴルフ国がグローバルスタンダードを採用したことを意味する。「なんだ、それだけのことか。自分には関係ない」と思ったとすれば、その人は明治維新後もちょんまげ姿に刀を差して..</description>
<dc:subject>ハンディキャップ</dc:subject>
<dc:creator>tekkan</dc:creator>
<dc:date>2012-02-07T17:44:17+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2012.02.07<br />1998年、日本を除く世界各国は共通ハンディキャップ制度に踏み切った。そう「日本を除く」だから欧米豪州はもちろんのこと、韓国･台湾･中国･インド･フィリピン･マレーシアなど、アジア諸国も含む世界のゴルフ国が一体となって踏み切ったという意味だ。ひとことでいえばゴルフがグローバル化したため、世界のゴルフ国がグローバルスタンダードを採用したことを意味する。「なんだ、それだけのことか。自分には関係ない」と思ったとすれば、その人は明治維新後もちょんまげ姿に刀を差して高楊枝をくわえた素浪人と同じだ。封建制度が崩壊して身分制度が変わっても、平然として旧制度に生きていられる豪傑には違いないが、周囲は少しもカッコイイとは思わない。<br /><br />私たち日本人がワールドゴルファーとして世界に受け入れられるには、誰の目にもスマートなゴルファーでなければならない。まずエチケットルールから始まってハンディキャップが取得できるまで、ゴルファーとしての品格技量を身に付けなければならないが、それにはまず技量以前のプレーマナーが問われる。私たちが社会人である以上、挨拶をするにも会話をするにも食事をするにも、相手を不愉快にさせない最低限のマナーが要求される。ゴルフも同じことでエチケットルールをわきまえ、他人に迷惑をかけずにセルフプレーできることが求められる。国際社会では礼儀正しいと評価される日本人が、ゴルファーになるとなぜワーストランキングに入ってしまうのだろうか。<br /><br />日本のゴルフは戦後の高度経済成長の波に乗って発展したから、どうしても成金ゴルフの姿が残ってしまった。その典型がキャディー付き接待ゴルフである。ゴルフ場は接待場、キャディーは接待係の役を負っているから、ゴルファーのマナーは問われずに、むしろ接待場と接待係のマナーが問われた。お客様は神様だから、どんな横柄でわがままな振る舞いも許される環境が生まれた。ここから世間知らずの田舎ザムライが大量に生み出されたようだが、今流に言えば「品格無きゴルファー」ということになり、私もその一人かと思うと寂しい。<br /><br />最近は客不足に悩むゴルフ場を「さすらいゴルファー」が荒らしまわっていると聞く。ネットで安いゴルフ場を探し、コンペと称して賞品や景品をたかり、更なる割引や割戻しを要求する。そういうコンペに限って金を賭けるから、必要以上に慎重になってハーフ３時間以上のスロープレーになる。マーシャルに注意されると反抗的になり、二度と来るかと悪態つく厄介者だが、これも景気低迷が生んだ「品格なきニューゴルファー」か。ゴルファーにもグローバルスタンダードが必要になったようだが、「田舎ザムライ」や「さすらいゴルファー」のローカルスタンダードは、世界で全く通用しないことだけは承知しておかないと、日本人の評価が世界的に高まっている時だけにまずい。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/article/53297894.html">
<link>http://tekkan.sblo.jp/article/53297894.html</link>
<title>「ゴルフの制度改革」</title>
<description>2012.01.252012年、今年からJGA(日本ゴルフ協会)がハンディキャップ改革に乗り出すことになった。これは改革と言う言葉を使わなければならないほど大変なことで、協会だけでなく全ゴルフ場、全ゴルファーが一体となって意識改革しなければならないほど重大なことなのだ。日本のゴルフが欧米豪州から30年以上も遅れたといわれる最大要因のひとつに、ハンディキャップ制度の遅れがある。つまり、本来ハンディキャップは全てのゴルファーに公開された制度でなければならなかったものが、日本では協..</description>
<dc:subject>ハンディキャップ</dc:subject>
<dc:creator>tekkan</dc:creator>
<dc:date>2012-01-25T15:55:17+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2012.01.25<br />2012年、今年からJGA(日本ゴルフ協会)がハンディキャップ改革に乗り出すことになった。これは改革と言う言葉を使わなければならないほど大変なことで、協会だけでなく全ゴルフ場、全ゴルファーが一体となって意識改革しなければならないほど重大なことなのだ。日本のゴルフが欧米豪州から30年以上も遅れたといわれる最大要因のひとつに、ハンディキャップ制度の遅れがある。つまり、本来ハンディキャップは全てのゴルファーに公開された制度でなければならなかったものが、日本では協会の利権として聖域化され一般ゴルファーとは無縁の存在となっていたことが原因である。<br /><br />日本人が外国でゴルフをするとき、フロントでハンディキャップ証明の提示を求められて面食らうことが多い。日本人ゴルファーの95％以上はハンディキャップを持っていないし、大半の人がハンデキィャップの意味すら分からない。私が高校生の頃「自動車免許がとりたい」と言ったら、親は「気でも狂ったか」と言う顔をしたが、クルマが運転できる証明にどうしても免許が必要だった。免許欲しさに当時建設中だった環七道路で運転の練習をしていたが、いま聞けば驚く話に違いない。日本が先進国としてクルマ社会を実現するには免許制度を確立させなければならなかったのである。世界は既に14年前、クルマの免許制度のように世界共通ハンディキャップ制度を確立して、ゴルファーである証明にハンディキャップを利用するようになった。<br /><br />ゴルフは世界的に大衆化するに連れてクラブも安くなり高性能化した。今では中国で大量生産された高性能クラブセットが2,3回のゴルフ代で買える時代だ。私の環七練習よろしく、エチケットルールも分からないままインターネット予約を取り、コースに試し打ちに出掛ける若者が増えてきた。クルマは運転免許がなくても簡単に200キロ以上のスピードが出る。ゴルフもハンディキャップがなくても簡単に200メートル以上も飛ばせる。いずれも危険な点で似ている。<br /><br />かつては日本のゴルフ場もプレーをするのにハンディキャップが必要だった。<br />フロントのサイン帳に「ハンディキャップ記入欄」があったし、スタート表には「各組ハンディキャップ合計90以内でお願いします」と書いてあった。若かった頃の私はこの制度に疑問を感じていた。ハンディキャップを取るには高価な会員権を買い、クラブ競技に出なければならなかったからである。練習場やパブリックコースのゴルファーにはハンディキャップ取得の道がなかったから、私はUSGAハンディキャップマニュアルを読み、スコア台帳を作って、そろばんや手計算でクラブサークルコンペのハンディキャップを査定していた。ハンディキャップにはクルマの免許制度のような高いモチベーション効果があって、ゴルファーに自覚と責任を持たせることができる。クルマと同様ゴルファーにもハンディキャップという国際ライセンス制度が必要な時代になったが、これからは世界の人たちに、日本人ゴルファーを『エチケットルールも知らずハンディキャップもない田舎ザムライ』とは絶対に言わせたくないものだ。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/article/53038918.html">
<link>http://tekkan.sblo.jp/article/53038918.html</link>
<title>「ゴルフの教育基盤」</title>
<description>2012.01.10「ゴルフは習うもんじゃない、慣れるもんだ」。ずっと昔からそう言われ今もそう信じている人は意外に多い。そういう人は「ゴルフの基本て何ですか」と聞かれてほとんどの人が「うーむ」と言って腕組みをする。教育の基本は昔から「読み書きそろばん」と言われてきた。現代は「ケータイパソコンネット」と言うべきかも知れない。小学校に入る前からケータイを持たされ、小学校に入るとすぐパソコンとインターネットの使い方を習う。21世紀最先端技術で武装した情報処理手段の使い方を習うのは凄..</description>
<dc:subject>新世紀のゴルフ</dc:subject>
<dc:creator>tekkan</dc:creator>
<dc:date>2012-01-10T20:13:32+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2012.01.10<br />「ゴルフは習うもんじゃない、慣れるもんだ」。ずっと昔からそう言われ今もそう信じている人は意外に多い。そういう人は「ゴルフの基本て何ですか」と聞かれてほとんどの人が「うーむ」と言って腕組みをする。教育の基本は昔から「読み書きそろばん」と言われてきた。現代は「ケータイパソコンネット」と言うべきかも知れない。小学校に入る前からケータイを持たされ、小学校に入るとすぐパソコンとインターネットの使い方を習う。21世紀最先端技術で武装した情報処理手段の使い方を習うのは凄いことだとは思う。しかし問題は最先端技術を使って何を習うかがはっきりしていないことだ。<br /><br />「ケータイパソコンネット」があれば世界中の古典知識から最新情報まで入手できるし、知らなかったことが即座に分かる。そのスピードは驚くべき速さで「インターネットは学習の高速道路」と言われるとおりだ。だから大人たちは自分たちがうまく使いこなせない「三種の神器」を子供たちには早くから使いこなせるようにと教育基盤に導入したのだろう。しかし評価はさまざまだ。子供たちは三種の神器にはすぐ慣れたが、何を習ったらいいか分からないから、興味本位に習わなくていいことを習い、知らなくていいことを知ってしまった。お陰で子供たちは早熟現象を起こし「何でも知っているが何もできない人間」に育ってしまったようだ。<br /><br />早熟現象が良い方に出た例も多い。スポーツや囲碁将棋の世界では10代のトッププレーヤーが続々と誕生している。これはメディアの進化によって子供の頃から世界的トッププレーヤーの姿を見ることができるからだろう。「子供は物真似の名人」と言われるが一流の業を見ることによって、どんどん吸収できるからに違いない。ケータイパソコンネットのお陰だろう。「百聞は一見にしかず」とはこのことで、まさに何を習うかがとても重要なんだと思う。「習うより慣れろ」と言ってがむしゃらにボールを打つ人がいるが、「ハタチ過ぎれば唯の人」がいつまでも子供染みたことをしていては進歩がない。ハタチ過ぎたら何を習うかハッキリさせて、一歩一歩基本を習うべきだ。それにはケータイパソコンネットがとても役に立つ。旅をするにも初めての家を訪ねるにも事前にケータイパソコンネットで調べれば驚くほど楽だ。モノを習うのは旅をするのと一緒だから、基本ルートを調べておけば無駄足を踏んだり遠回りしなくて済む。特に高齢社会を迎えて60歳からゴルフを習う人も多いはずだから、ケータイパソコンネットを使えば老後の人生が豊かになる。ウェブ上に立ち上げたゴルフ大学で全国の高齢者が学ぶ日はそう遠くないないはずだ。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/article/52477162.html">
<link>http://tekkan.sblo.jp/article/52477162.html</link>
<title>『基本と教育』</title>
<description>2012.12.27「基本が大切」と誰もが言う。「では基本は何か」と言うと誰もが口ごもる。なぜなのか。基本を学んだ経験がないからである。昔は「読み書きそろばん」が教育の基本とされていたが「読み」とは世界の古典を読んで道理を理解すること。「書き」とは思考を文章で表現すること。「そろばん」とは物事を数値で把握することだったようだ。ゴルフで言えば「読み」とは先人の名著や基本テキストを読んでゴルフの原理原則を理解することであり、「書き」とは自分のスイングやプレースタイルで確立すること..</description>
<dc:subject>新世紀のゴルフ</dc:subject>
<dc:creator>tekkan</dc:creator>
<dc:date>2011-12-27T16:36:43+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2012.12.27<br />「基本が大切」と誰もが言う。「では基本は何か」と言うと誰もが口ごもる。<br />なぜなのか。基本を学んだ経験がないからである。昔は「読み書きそろばん」が教育の基本とされていたが「読み」とは世界の古典を読んで道理を理解すること。「書き」とは思考を文章で表現すること。「そろばん」とは物事を数値で把握することだったようだ。ゴルフで言えば「読み」とは先人の名著や基本テキストを読んでゴルフの原理原則を理解することであり、「書き」とは自分のスイングやプレースタイルで確立することであり、「そろばん」とはスコアデータによってゴルフを進化させることだろう。<br /><br />基本は先人達の努力や研究の集積だから、私たちの浅い知識や経験の遠く及ぶところではない。三ヶ月で学べることが二年も三年もかかり、三年で習得できることが一生かけても叶わない。だから教育環境のない社会で育った人の人生は損をする。震災後、日本人が世界で再評価されるようになったのは、日本には早くから教育環境が整っていたからに違いない。特に明治維新によって四民平等に「読み書きそろばん」が学べるようになって、私たち庶民に至るまで、欧米列強諸国の人やホワイトアングロサクソン民族といつでもスクラッチ勝負できるまでに教育されたお陰だろう。<br /><br />それなのに日本のゴルフに限ってなぜ教育環境が整わなかったのか、私にはどうしても理解も納得もできない。今年になってようやくNPO法人日本ゴルフ大学校が認可されたが、法人格という箱ができただけでまだ中身はない。中身を詰めるのに少し時間がかかるだろうが、この箱は大切にして今度こそ本物の中身を詰めなければいけないと思う。中身に賞味期限切れや腐りかけの物が入っていれば、中身全体が腐ってしまう。ところが、古典や基本は決して賞味期限切れでも腐りかけではなく、どんなに時代が変わっても人の骨肉を構成する基礎養分であることに変わりない。目新しいもの、高度なものが私たちを成長させてくれる訳ではなく、現代病や成人病の原因になる場合だってある。<br /><br />日本のゴルフ界は低迷し続けている。全国津々浦々にゴルフの「読み書きそろばん」が学べるゴルフ塾ができるには、どれくらい時間がかかるだろうか。日本という国では物事がなかなか動こうとしないが、一端動き出したら速いともいわれる。明治維新も戦後復興もそうだった。震災復興もそうあって欲しいが、案外とゴルフの復興も東北から火の手が上がるかもしれない。礼儀正しく堂々とした武士道ゴルフやサムライゴルファーという姿で。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/article/51871681.html">
<link>http://tekkan.sblo.jp/article/51871681.html</link>
<title>「基本の定義と意義」</title>
<description>2011.12.06基本を定め定義付けるには多くの時間と労力を要した。1960年代に米国NGFが全米の学校体育授業にゴルフを導入するに当たって、多くの優れた高校大学ゴルフコーチやLPGAのベテランプロが教育コンサルタントとして集められプロジェクトチームが組織されている。この時代はベンホーガン･バイロンネルソン･サムスニードからアーノルドパーマー･ジャックニクラス･ゲーリープレーヤーに主役が移ろうとしていたときである。その時代のトッププレーヤーたちから普遍の共通点を見出し、基本..</description>
<dc:subject>新世紀のゴルフ</dc:subject>
<dc:creator>tekkan</dc:creator>
<dc:date>2011-12-14T14:45:27+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2011.12.06<br />基本を定め定義付けるには多くの時間と労力を要した。1960年代に米国NGFが全米の学校体育授業にゴルフを導入するに当たって、多くの優れた高校大学ゴルフコーチやLPGAのベテランプロが教育コンサルタントとして集められプロジェクトチームが組織されている。この時代はベンホーガン･バイロンネルソン･サムスニードからアーノルドパーマー･ジャックニクラス･ゲーリープレーヤーに主役が移ろうとしていたときである。その時代のトッププレーヤーたちから普遍の共通点を見出し、基本を定義づけることが如何に困難なことだったか想像してみれば分かる。<br /><br />例えば近代スイングの原形と言われる前の三人は、いずれも非の打ち所のない完璧とも思えるスイングの持主だったが、ホーガンはフェードボール、ネルソンはストレートボール、スニードはドローボールを持ち球としていた。後の三人は米国の黄金時代を築いたが、三人のスイングは個性あふれるものであったが共通点は見出しにくい。帰納法によって共通点を見出し、テイラーの科学的管理法にしたがって共通点を分析することは、そう簡単なことではなかったはずだ。それだけにゲーリーワイレンがオレゴン大学で『法則原理選択の理論』を書いて博士号を取得したのは大変に意義深い。<br /><br />同時代の日本のトッププレーヤーとして杉原輝男、青木功、尾崎将司の三人を上げることができるが、この三人のスイングから共通点を見出すことは至難の業である。名を上げた内外のトッププレーヤー達は、いずれも個性的スイングとして完成しているからこそ、時代のトッププレーヤーとして一世を風靡していた訳で、常識的には他のプレーヤーと共通点などあろうはずがなかった。他のプレーヤーの多くは、トッププレーヤーの個性を秘訣と思って必死に盗み取ろうとしていた訳だから、誰もが共通点など見向きもしなかったはずだ。<br /><br />このような時代背景の中で基本の探求は進められている。基本とは名人達人の業でありながら、万人に対して普遍的に適応できる技術でなければならない。万人とは年齢性別能力において千差万別を言い、普遍的とは誰に対しても適応できることを言う。だから基本とは初心者に対してだけではなく、名人達人に対しても基本でなければならない。基本をおろそかにする者は決して名人達人の域に達することはないし、名人達人と言えども基本をおろそかにする者はやがて凡人に舞い戻り、決して元の名人達人に戻ることはできないと言われている。タイガーウッズほどのプレーヤーと言えどもこの原則から逃れられない。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/article/50777955.html">
<link>http://tekkan.sblo.jp/article/50777955.html</link>
<title>「では基本とは何か(３)」</title>
<description>2011.11.22基本は昔からあったわけではない。永年にわたりゴルフに基本はないと言われ続けてきた。理由は簡単で、1970年代まではクラブが手作りの手工芸品でだったためにスペックがバラバラで、クラブ毎にスイングを変えなければならなかったからである。ほとんどの人が親か先輩に譲ってもらったクラブを後生大事に使っていたから、そのクラブに慣れるまで練習場に通ってボールを打ち、そのクラブに合ったスイングづくりをしていたのである。クラブセットも同一メーカーとは限らず複数のメーカー品で構..</description>
<dc:subject>新世紀のゴルフ</dc:subject>
<dc:creator>tekkan</dc:creator>
<dc:date>2011-11-22T17:49:19+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2011.11.22<br />基本は昔からあったわけではない。永年にわたりゴルフに基本はないと言われ続けてきた。理由は簡単で、1970年代まではクラブが手作りの手工芸品でだったためにスペックがバラバラで、クラブ毎にスイングを変えなければならなかったからである。ほとんどの人が親か先輩に譲ってもらったクラブを後生大事に使っていたから、そのクラブに慣れるまで練習場に通ってボールを打ち、そのクラブに合ったスイングづくりをしていたのである。クラブセットも同一メーカーとは限らず複数のメーカー品で構成され、各クラブスペックはバラバラなのが当たり前だった。だからどうしても打てないクラブが何本かあって、得意なクラブと不得意なクラブがあるのは当然とされた。今でもプロゴルファーのプロフィールには得意クラブ○○と書いてあるのはその名残りである。<br /><br />だいたい達人のクラブは、あちこちグラインダーで削った後や鉛が張ってあって、戦場帰りの傷痍軍人のようだった。クラブを見ればその人の腕前が分かると言われたが、きれいなクラブを持っている人は自分のスイングができていないか、もったいなくて削ることができなかった人である。ケニースミスによってバランス計が作られたとき、試しに名手ボビージョーンズの使用クラブを計ってみたところ、全てのクラブが同じバランスだったという伝説がある。それにヒントを得たせいか、ケニースミスは「貴方だけのクラブをつくります」と宣伝していたが値段はめっぽう高かった。しかし、ケニースミスを使っている人に名手はいなかったように思う。自分の名前が刻まれた高価なクラブを切ったり張ったりできる人など、めったにいなかったからだろう。<br /><br />1976年ゲーリーワイレンが、PGAマガジンに「ボールフライトロウ」を発表してから米国に本格的なスイングイノベーションが起こり、ワンスイングの探求が始った。ワンスイングとは各プレーヤー固有の一定スイングという意味である。記憶では私たちが最初にワンスイングを見たのは、NHKが放映したジャックニクラスの特集番組からである。ドライバーからウェッジまで全く同じスイングテンポで打つ二クラスの技術は基本と言うより芸術だった。なぜドライバーからウェッジまで全てのクラブを同じスイングで打てるのか、多くの人が唖然として見つめたものである。言うまでもなくワンスイングを可能にしたのはクラブ製造技術の進歩であるが、あくまでも工業技術の進歩で規格大量生産が可能になったからある。同じスペック性能のクラブを大量に製造することができるようになったからといって、決してゴルフが進化したわけではない。基本に則ったワンスイングが完成していなければ規格工業製品は役に立たない。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/article/50722739.html">
<link>http://tekkan.sblo.jp/article/50722739.html</link>
<title>「では基本とは何か（２）」</title>
<description>2011.11.21松山英樹が太平洋マスターズに優勝し、石川遼が優勝の花道を出迎えた。暫らく明るいニュースに乏しかった日本の男子プロゴルフ界に、若者が爽やかな話題を提供してくれたが、日本のゴルフ界は稀に見るこの二人の逸材を大切に育てなければならない。ゴルフに限らずどんな世界でも逸材は存在し、若くして才能の片鱗を見せるものは多い。特に体力勝負のスポーツ界ではその傾向が強いが、なぜハタチを過ぎると唯の人になることが多いのか。低迷し続ける日本のゴルフ界は、この逸材を決して唯の人に終..</description>
<dc:subject>新世紀のゴルフ</dc:subject>
<dc:creator>tekkan</dc:creator>
<dc:date>2011-11-21T16:35:11+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2011.11.21<br />松山英樹が太平洋マスターズに優勝し、石川遼が優勝の花道を出迎えた。暫らく明るいニュースに乏しかった日本の男子プロゴルフ界に、若者が爽やかな話題を提供してくれたが、日本のゴルフ界は稀に見るこの二人の逸材を大切に育てなければならない。ゴルフに限らずどんな世界でも逸材は存在し、若くして才能の片鱗を見せるものは多い。特に体力勝負のスポーツ界ではその傾向が強いが、なぜハタチを過ぎると唯の人になることが多いのか。低迷し続ける日本のゴルフ界は、この逸材を決して唯の人に終らせてはならないのだ。<br /><br />「神童もハタチ過ぎれば唯の人」とはよく言われることだが、実例は周囲にいくらでもある。反対に「大器晩成」とも言われるが、いま男子プロゴルフ界はアラフォー世代に支えられている現実がある。ジャックニクラスがシニアツアー入りしたとき「私のゴルフはまだ進化していると思う」といった言葉を思い出すが、それは負け惜しみでもなく実感だったに違いない。二クラスのあと帝王の座を継いだトムワトソンが、還暦を迎えた年に全英オープンでプレーオフになるまで優勝を争ったことは記憶に新しい。<br /><br />ハタチ過ぎて成長が止まるのを「早熟現象」ともいうらしいが、肉体的な成長が止まることが原因か、精神的に成長し始めることが原因か良く分からない。<br />両方が原因になっているとも思えるが、両方が原因になっているとすれば肉体と精神の成長は二律背反してしまう。それではスポーツ選手の人間的な成長はありえないことになってしまうから、この考えは間違っている。人間的な成長は艱難辛苦という人生トレーニングを受けないと得られないと言われるが、早熟現象が起きる人はハタチまでに大成してしまい、人生トレーニングを受ける機会を失ってしまったことが原因なのだろうか。<br /><br />確かにタイガーウッズは尊敬する父親の保護を失ったら、厳しい人生トレーニングに耐えられず人生そのものを破綻させてしまった。反対に横峰さくらは父親の手を振り払って自ら人生トレーニングに飛び込んだら、どんどん成長し始めた。ゴルフが人生ゲームに例えられるだけに、この二人は対照的な存在だ。石川遼も松山英樹もこれから人生トレーニングが始ることになるが「では基本とは何か」という課題が生まれる。松山英樹は東北の人に励まされてマスターズに出場しようと決意したそうだが、最初の人生トレーニングとして最高の基本プログラムを与えられたのではないだろうか。見ていて成長を感じる。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/article/49719068.html">
<link>http://tekkan.sblo.jp/article/49719068.html</link>
<title>「では基本とは何か」</title>
<description>2011.10.31「基本とは何か」と聞かれて的確に答えられる人は少ないだろう。いや世の中に一人もいないと言うべきかも知れない。「秘訣は基本の反復練習」というものの基本が必ず成功を保証する訳ではない。成功者が振り返って無駄な努力を取り除いた後に残ったものが基本といわれるもので、だったらその基本だけを繰り返していたら、もっと早く成功したかといえばその保証もない。なぜならば成功者は成功より失敗から多くを学んでいるからである。成功者の経歴は失敗の経歴といった方が早いほど多くの失敗を..</description>
<dc:subject>新世紀のゴルフ</dc:subject>
<dc:creator>tekkan</dc:creator>
<dc:date>2011-11-02T12:23:16+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2011.10.31<br />「基本とは何か」と聞かれて的確に答えられる人は少ないだろう。いや世の中に一人もいないと言うべきかも知れない。「秘訣は基本の反復練習」というものの基本が必ず成功を保証する訳ではない。成功者が振り返って無駄な努力を取り除いた後に残ったものが基本といわれるもので、だったらその基本だけを繰り返していたら、もっと早く成功したかといえばその保証もない。なぜならば成功者は成功より失敗から多くを学んでいるからである。成功者の経歴は失敗の経歴といった方が早いほど多くの失敗を積み重ねてきている。言い変えれば成功者は多くの失敗を乗り越えたから成功したと言える。<br /><br />失敗の積み重ねの量でいえば、私たちのゴルフは充分に成功者の条件を備えているかもしれない。しかし成功者になれないのは失敗から多くを学んでいないからである。ゴルフの達人は目の覚めるようなショットなどめったにしない。しかし目を覆うような失敗もめったにしない。私たちのゴルフは時々目の覚めるようなショットもするが、それ以上に己の目を覆いたくなるようなミスショットを繰り返す。ミスショットデパートみたいな人を見かけることがあるが、そういう人に限って常に目の覚めるようなショットを夢見ているようだ。<br /><br />よくゴルフは「ミスゲーム」ともいわれる。そして頻繁に「ナイスミス」や「結果オーライ」がうまれる。私たち凡ゴルファーは、時たま生まれる目の覚めるようなショットを「実力」と思い、目を覆いたくなるミスショットを「偶然」と思いたい。本当は逆で目の覚めるようなショットが「偶然」で、目を覆いたくなるミスショットが「実力」なのだ。だからゴルフは止められない訳で、素直に自分の実力を認めたら、もうとっくの昔に多くの人がゴルフを止めている。<br />『己を知らず、敵も知らざれば百戦これ危うし；孫子兵法』ということになるが、こういう危ういゴルファーに支えられてゴルフ界は成り立っている。<br /><br />石川遼が非凡なのは、いつも試合後のインタビューに答えてミスショットや失敗の原因を冷静に語り、反省して出直しを誓う点にある。常に失敗から学ぼうとする姿勢こそ成功者の条件であるなら、彼はまだまだ進化する可能性を秘めている。彼はワールドツアーに出場して屈辱的な敗北や失敗を重ねてきたが、それらの失敗からどれだけ多くを学んだか今後が見物だ。そうなると基本とは失敗から多くを学んで原因を究明し、同じ失敗を繰り返さないよう深く反省することといえる。「他人の不幸は私の幸せ」という言葉もあるが、本当のところ他人のミスショットは実に楽しい。だったら我ら凡ゴルファーは人を喜ばせる秘訣を先天的に心得ている天才と言えるのではないか。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/article/48337250.html">
<link>http://tekkan.sblo.jp/article/48337250.html</link>
<title>「秘訣は基本の反復練習」</title>
<description>2011.10.05「秘訣は基本の反復練習」というと、なぜ私たちはがっかりするのだろう。一口で言えば退屈でつまらないからだ。私は高校生のとき卓球部に入ってマラソンと素振りの毎日にウンザリし、大学生のとき講道館に通って受身と打込の反復にガッカリした経験がある。途中で嫌気が差し浮気を起こして近所の合気道塾に通ったら、道場師範に「武芸の道は守破離」と言われた。先ずは徹底的に基本を守り、熟して基本を破り、離れて「動けば即ワザ」の域に達するという意味らしい。武芸はすべて礼にはじまり礼に..</description>
<dc:subject>新世紀のゴルフ</dc:subject>
<dc:creator>tekkan</dc:creator>
<dc:date>2011-10-05T18:22:51+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2011.10.05<br />「秘訣は基本の反復練習」というと、なぜ私たちはがっかりするのだろう。一口で言えば退屈でつまらないからだ。私は高校生のとき卓球部に入ってマラソンと素振りの毎日にウンザリし、大学生のとき講道館に通って受身と打込の反復にガッカリした経験がある。途中で嫌気が差し浮気を起こして近所の合気道塾に通ったら、道場師範に「武芸の道は守破離」と言われた。先ずは徹底的に基本を守り、熟して基本を破り、離れて「動けば即ワザ」の域に達するという意味らしい。武芸はすべて礼にはじまり礼におわる。礼を忘れれば「即ゲンコ」だし稽古は徹底的に基本の繰り返しだ。基本の型が身について技となり、礼が身について人をつくるのだそうだ。若さゆえ「古臭い指導法」と思っていたが、アメリカの科学的指導法を研究するにつれ、日本の伝統的指導法が案外と科学的であることに気が付いた。<br /><br />アメリカの指導法は論理的であり、日本の指導法は画一的である。アメリカの指導員は目標やプロセス、原理や原則を説明して学習者の納得を得ようとする。日本の指導員は問答無用「オレがやってきたようにオマエもその通りやれ」と強制する。しかしどちらも言わんとすることは「基本の反復こそ秘訣だ」と。<br />なぜならば基本とは先人たちが試行錯誤、紆余曲折して辿り着いた目標に至るまでの最短距離であり、最適方法だからである。日本の伝統武芸は歴史が長いから無駄が全て取り除かれ、もう改良の余地がないほどワザが集約されている。どこにも隙がなく不備がないから黙って従わざるを得ない。結局、黙々と基本を反復した者が達人になるシステムになっている。なんのことはない『テイラーの科学的管理法』と同じではないか。基本を繰り返し練習することをアメリカでは局面ごとにドリル･プラクティス･エクササイズなどに分けて総体的にトレーニングといっている。講道館では局面ごとに受身･打込･乱取などに分けて総体的に稽古といっていた。<br /><br />ゴルフも歴史の長さにおいては日本の伝統武芸と変わらない。日本の教育現場は早くから伝統武芸を教育課目に導入してきたが、ゴルフは導入しなかった。欧米人にとってゴルフは西洋精神を支える伝統技芸だから、ゴルフを教育基盤に導入し、基本を反復訓練して人間の魂を形成した。日本人にとって武道は東洋精神を支える伝統技芸だから、武道を教育基盤に導入し基本を反復稽古して人間の魂を形成してきた。どちらも「礼にはじまり礼におわる」ことを共通の基本とし、人間形成の秘訣としてきたようだ。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tekkan.sblo.jp/article/48192569.html">
<link>http://tekkan.sblo.jp/article/48192569.html</link>
<title>秘訣とは何か</title>
<description>2011.09.27「学問に王道なし」という言葉があるが、ゴルフにも秘訣はない。米国のトップコーチ達が繰り返し言うことは「基本の反復練習」である。だったら基本の反復練習が秘訣と言うことになるのではないか。これでほとんどの人が「なーんだ」といってがっかりする。がっかりした人の中に名人や達人はひとりもいない。「そうか」と言って基本の反復練習を始める人は名人や達人の証拠だ。いまタイガーウッズと石川遼は毎日「基本の反復練習」をしているらしいが、それを聞いただけで彼らが一級のプレーヤー..</description>
<dc:subject>新世紀のゴルフ</dc:subject>
<dc:creator>tekkan</dc:creator>
<dc:date>2011-09-27T16:23:26+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2011.09.27<br />「学問に王道なし」という言葉があるが、ゴルフにも秘訣はない。米国のトップコーチ達が繰り返し言うことは「基本の反復練習」である。だったら基本の反復練習が秘訣と言うことになるのではないか。これでほとんどの人が「なーんだ」といってがっかりする。がっかりした人の中に名人や達人はひとりもいない。「そうか」と言って基本の反復練習を始める人は名人や達人の証拠だ。<br />いまタイガーウッズと石川遼は毎日「基本の反復練習」をしているらしいが、それを聞いただけで彼らが一級のプレーヤーであり本物のアスリートであることが分かる。なぜなら簡単なようで私たち凡プレーヤーには絶対できないことを根気良くやっているからである。<br /><br />「基本とは何か」という課題は永いあいだ大問題だった。基本が秘訣ならその秘訣は何か、その秘訣は基本だという堂々巡りを繰り返すことになるからだ。その大問題に取り組んだのがNGF(National Golf Foundation)である。1960年代に米国の著名な大学教授やコーチ、女子プロがＮＧＦに集結してNGF教育開発プロジェクトが編成され、ゴルフを学校教育に導入するために基本を統一し、生徒用基本テキスト、インストラクターズマニュアル、コーチズガイド、視聴覚教材を制作した。米国の多くの現役プロがこの統一基本によってゴルフを学んだが、米国のプロがジャック･ニクラウス以降みな同じようなスイングに見えるのは基本が同じだからである。<br /><br />ではその基本はどのようにして定められたかというと、近代ゴルフを確立したベンホーガン、バイロンネルソン、サムスニードに代表される戦後のトッププレーヤーたちのスイングに共通する点を検証し、その共通点から誰でも学べる要因を体系的に組み合わせたのである。この手法は米国を工業生産王国に発展させた生産性革命の生みの親、ウィンスロー･テイラーの『科学的管理法』に基づいている。テイラーは熟練工の技を徹底分析し、熟練工に共通する点を一定のトレーニングで誰でも修得できる学習体系としてシステム化した。ドイツ人カール･ベンツは最初の自動車考案者だが、熟練工の技によってクルマをつくろうとした。これに対してアメリカ人ヘンリー･フォードは科学的管理法によって職工を短期養成し、大量生産システムを導入して自動車王国を築いた。<br /><br />テイラーの科学的管理法はアメリカの伝統ワザとしてゴルフ教育にも導入されたが、米国PGAツアーを観ていると次から次へと有望新人が生産されてくるシステムが理解できる。生産工場は数多くのカレッジであるが、スタンフォード大学のような超名門校がトム･ワトソンやタイガー･ウッズなどのトッププレーヤーを送り出す姿に、米国ゴルフ界の奥の深さと教育システムの凄さをあらためて考えさせられる。同時に基本トレーニングが秘訣という意味も良く解る。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
</rdf:RDF>

